Celica GT-Fourに乗ってました

芹香

初めて自分で買った車です。
Celica GT-FourはST205でした。
ST165のラリーで走っている姿を見ていて「すっげー」ってなって、その後ST185が勝っているのを見て買うならCelica GT-Fourが欲しいな~って程度だったのですよ。
父親のcapellaを乗り回していたので、父親は必要な時にファミリアNEOを乗っていたのです。
このファミリアNEOを本当は私が譲り受ける予定だったのですが、父親が溝に突っ込んで全損。
父親は車が必要ということでcapellaを返却。
そうすると私が乗る車が無いので、車を買おうって話になった訳です。
父親の知り合いがトヨタカローラに顔がきくらしく父親にトヨタカローラに連れて行かれる道中に「学生の間は立て替えてやるから、就職したら払え」って言われる。
父親もファミリアNEOを壊しているてまえ、すぐに払えとは言いづらかったのかもしれません。
ちなみに、トヨタカローラは歩いて数分の距離だったので話はそれぐらいでした。
トヨタカローラに着いて挨拶が終わったら父親が何がいい?と聞くのでCelicaがいいと宣った。
当時は販売店ごとに売っている車が違っていて、たまたまカローラ店はCelicaを扱っていました。
愚かな子供だったので、そんな事を知らずに後から知りました。
Celicaが良いと宣ったのでカタログを見せられて、GT-Fourを指さして「これが良い、これ!これ!」と主張。
来るときに自分で払うという話でなかったら遠慮してSS1辺りにしていたかもしれないですが、遠慮なくGT-Fourを指さしました。
当時はいろいろな装備はオプションで付けるという事も知らなかったののです。
車の指定をしたら、値段交渉だったのですが「車さえ選んだら後は帰ってよし。」って言われたので、滞在10分ほどでトヨタカローラを出て帰宅。
父親はそのまま友人の人と何処かに行ったので、値段交渉がどうなったのか知らなかったし、気にもしていなかったのです。
帰ってきて父親が「一番高い奴選んだな」と一言。
まあ、そうなのですが、その時になって値段が気になったので調べたら本体330万ぐらいとな。
ほう、ほう。
月とボーナスの支払い額を聞く。
実家から通える所に就職すれば、特に問題なさげな金額でした。
今考えると、値段も聞かずに車を決めるなんて言語道断ですね。
1カ月ほどで納車と聞いていたので、Supraの方が良かったとか、MR2の方が良かったとか友人達と話をしていたらあっという間でした。
納車の前の日に紹介してくれた父親の友人の方がトヨタカローラに様子を見に行ってくれて私の家に来て出た言葉が「いかつい車やった」と。
もちろん、私は見た目も知っているし、納車までの間カタログを毎日見ていたし、なんならネットでの良い所、悪い所の話を読んで、満足と後悔を繰り返していたので、今更の事なので動じませんでした。
翌日、歩いてトヨタカローラに行って車を受け取って帰宅。
特に今風な車を買ったからといって何か写真を撮るわけでもなく、普通に鍵をもらって何もなく車に乗って帰宅です。
母親を乗せて近所のお寺で安全祈願を祈祷してもらって新車の儀式は終了。
Celica GT-Fourのオプションは自動というか勝手にフロアマット、カーナビ、CPCコーティングぐらいだったと思います。
カーナビは当時はまだ珍しく、テンション上がりました。
今まで地図を見て、大体の交差点名を覚えてから動くという感じの事をしていたので画期的でした。
これでどこでも行けるぜヘイヘイって感じでした。
CPCコーティングも当時は出始めだったと思います。
最初の方だけ一生懸命磨いていましたが、結局20年ぐらい経っても塗装が色あせたと思わなかったので元の塗装が強かったのかCPCが効いたのかはわかりません。
少しだけ慣れてくると、クラッチの離すタイミングが疎かになってエンストする事があって「マニュアル トランスミッション車で後悔した。」と何回か思ったりなんかしました。
※Celica GT-Fourにはマニュアルトランスミッション設定しかなかった。

クラッチを繋ぐのが下手だったので、5,000キロぐらいでクラッチを滑らす。
5,000キロですよ。
普通そんな距離で滑るとは思っていなかったので無防備でした。
ちょうど大変残念な姉と出かけていて「何かおかしいな」と思って用事をして帰宅途中。
家までストレートで数百メートルの所で何か本格的にヤバいと思ってエンジン停止。
大変残念な姉にハンドルを任せて、私はひたすら押すことに専念。
なんとか帰宅。
翌日、大学だったので、親にトヨタカローラに電話しておいてと伝えて大学に行って帰ってきたら駐車場には入れることが出来なくて家の前に止めていた車がないので修理に持っていったのだなと。
家に帰ってどううだったって聞いたら、レッカー車持ってきて運んだのではなく、数名トヨタカローラの方が来て押して持って帰ったらしい。
申し訳ない話ですが、ちょっと光景を考えると面白かった。
数日で修理完了の連絡があり、取りに行ったら何も残っていないぴかぴかのクラッチの部品を見せられて、あれ以上無茶をしていたら他の所が損傷していたかもしれないと言われたので、ある意味正解だった。
その後クラッチは滑ることなく次に交換したのは80,000キロぐらいでした。

クラッチに慣れた後は、大学生の内にいろいろ行っておこうと、長野県のJR標高最高点の野辺山まで24時間タイムアタックしてみたり、無意味に東京まで走ってみたりしました。

Celica GT-Fourは私にはオーバースペックな車だったかもしれませんが、最高に良い車だと今でも思っています。
当たり前の事が当たり前にできる。
アクセルを踏んだだけ加速する。
ブレーキを踏んだだけ減速する。
ハンドルを切っただけ曲がる。
当然だと思っていました。
本当に何も知らなかったのだなと思います。

スバルのサンバー ディアス クラシックを大変残念は姉が乗っていて、それに乗ると初期のCVTのせいかもう加速しない。
べったりアクセル踏んでも全然加速しないのですよ。
その点Celica GT-Fourは少し踏んだら加速して、もっと踏み込んだらターボが回ってもっと加速する感じで、今考えるとすごい事だったのだなと思います。
ブレーキも一部ではオーバースペックと言われるぐらいの物がついていたので踏んだら止まる。
この当然の事が当然のようにできるのは素晴らしい事だと思います。
ハンドルを切っただけ曲がる。
乗り心地を重視したちょっと良い車だと、ハンドルを切ってもちょっとグネッと一呼吸おいてから曲がる感じがするような印象があるのですが、Celica GT-Fourだと素直に曲がる。
サスペンションのせいだと思うのですが、車に詳しくないので不明です。

10数年目にカーナビが逝く。
突然ファンキーな発色になって操作を受け付けなくなったのでそのままトヨタカローラに行ったら。
「故障ですが、部品ありません。」の一言。
まあ、製造中止から10年以上たっていたので仕方がないのであきらめる。
カーナビが無いのは困るのでオンダッシュカーナビを購入。
記憶媒体的にカセットがほぼ絶滅していたので、いろいろ細工してメモリーWalkmanを導入。
ホルダーもACC感知する電源も確保してフル装備で今風の環境完了。

タイヤ以外はドノーマルを貫いて約20年。
多少こすりはしたけど、事故は無しで、交換タイヤを積んでいた割には一回もパンクもなかったです。
10数万キロで半年点検に持っていったら、ラジエーターが故障しかかっていると、部品はもうないって言われる。
純正部品以外はいやだな~って思って、自分で触れるならそれもありかと思ったけれど、一朝一夕にそんな技術が身に着く訳もなく「そろそろ潮時かな。」と思って売却を決意。
まあ、無改造な個体が少ないらしくそんな事を聞きながら査定してもらって売却。
引き渡しの前の夜には誇張しているわけではなく、泣きました。
人生の半分共にした車ってこんなにも愛着がわくものなんだなと改めて思ったりしながら引き渡し。
むなしいですね。
今でもたまに、純正に拘らずに乗っていたらどうだったのだろうと思います。
いや、本当にいい車だったのですよ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

その他

前の記事

はじめまして!!
COPEN S

次の記事

COPEN S の紹介